【桜の一発屋】河口恭吾、しくじり先生で消えた原因&現在の心境を激白www

2003年に自身が作詞作曲した「桜」で大ブレークしたシンガー・ソングライターの河口恭吾(41)が、14日放送のテレビ朝日「しくじり先生 俺みたいになるな!!3時間SP」(後7・00)に出演。“安易に桜ソングに手を出しちゃった先生”として、一発屋にならないための授業を行う。

「桜」がブレークした当時は仕事のオファーが殺到し、まさに“桜が満開状態”。しかし、その後は全く曲が売れず、最新シングルはオリコンチャート圏外で、音楽番組には3年間呼ばれていないという。

なぜ自分はこのような一発屋になってしまったのか考えたところ、歌詞に“桜”が入った「桜ソング」を安易に作ったことが原因だという結論に。「自分にとって『桜』は悪魔の曲」と話し、オードリー・若林正恭(37)をはじめとする出演者を驚かせる。

自分の曲がヒットした理由を検証し、日本で桜ソングが売れる驚がくのメカニズムを暴露。「桜」ばかりを求められることに嫌気が差し、歌うことを拒否して遭遇したある事件についても告白する。

授業の最後には桜ソングに対する現在の心情を吐露。“悪魔の曲”とまで言い切った「桜」を熱唱し、教室が深い感動に包まれる。

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河口恭吾(かわぐち きょうご、1974年10月1日 – )は、男性歌手・シンガーソングライター。クラウンレコード所属。作詞・作曲のクレジットは河口京吾。栃木県佐野市出身。佐野市立北中学校、栃木県立足利南高等学校卒業。

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2002年4月~1年間e-radioでDJを務める。その時にリスナーとのコミュニケーションで作られた『オメガの記憶』がその年の滋賀の高校野球のテーマ曲になり県内で話題を呼ぶ。そのため、ブレイクした後もしばしば滋賀県を訪れ雑誌の対談やイベント、番組などに出演し、河口恭吾自身も滋賀を栃木に次ぐ第二の故郷と語っている。
2003年4月に日立マクセル系のレコード会社から「桜」をリリースする。3月~7月まで有線ラジオ放送問い合わせチャートでダントツの1位を記録する。しかし、レコード会社がなくなり(日立マクセルが音楽事業から撤退のため、その事業会社であるマクセル・イーキューブを解散)、ワーナーミュージック・ジャパンに移籍。同年12月10日に『桜』を再リリースし大ブレイクする。
2006年にベストアルバムを発売し日本クラウンへ移籍した。
2011年6月13日、タレントのセシリアと近日中に婚姻届を提出すると報じられ、後日結婚した。2人がレギュラー番組を持っていたFM滋賀での出会いがきっかけで友人関係となり、2010年末に再会して恋人へ発展したという。
54: 2016/03/07(月) 05:36:26.67 ID:UNdyIMNe0.net
たまたま当たっただけでもよかっただろw
87: 2016/03/07(月) 05:54:03.52 ID:ngzbycTn0.net
たいしていい歌でもない
98: 2016/03/07(月) 06:00:01.03 ID:DPLKRTa80.net
番組でパクリにふれなかったら糞つまらんな
153: 2016/03/07(月) 06:35:22.62 ID:RZt6+Sx40.net
今年もたくさん桜舞い散りやがるんだろうな
202: 2016/03/07(月) 07:01:31.32 ID:8MMYj8j90.net
売れただけ凄いわ
他にもいっぱい出てて埋もれてったんだから

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